実は優れたソフトタッチ加飾! ~植毛加工技術の特性と展望~

三栄ケース株式会社 浜名雅広

大阪府堺市中区毛穴町128-9

はじめに

みなさんは植毛加工という表面加工技術についてご存じだろうか。 加飾技術に詳しいみなさんにはおなじみの伝統的加工技術のひとつであるが、それがどのようなプロセスで加工され、どのよう活用されているか特別な意識で考察されたことのある方は少ないのではないだろうか。

身の回りにある植毛加工製品

植毛加工の代表例として一番にあがりそうな製品といえばやはり、電気コタツのカバーではないだろうか。あの鉄製の網目カバーに付着した細かな繊維毛(パイル)のフサフサ感については、だれしも足や手で触れた感覚が記憶に刷り込まれているはずで説明の必要はないだろう。コタツカバーで使わる植毛加工の必然性は、いうまでもなく熱を帯びた鉄製のカバーに触れる足を火傷から防ぐことである。単純ではあるが、パイルのもつ“断熱性”という特性をうまく活用した、“機能性”で植毛加工が採られている好例といえる。

こたつのヒーター(1)

その他にも、エアコンの吹き出し口では結露を吸水して防止するため、カメラのレンズフードでは光の乱反射を防ぐために、また車のコインボックスではコインとプラスチックの接触音を緩和するために、最近よく見かける植毛ハンガーは、かけた洋服がずれ落ちるのを防ぐストッパーとして使われるなど、機能的特性を求めて部分的にこの加工方法が採られた製品は、じつは私たちの生活のなかで少なくない。

三栄ケースの簡単な紹介と植毛ビジネスのきっかけ

この記事を書いている私自身は、大阪府堺市にあるジュエリーケースメーカー“三栄ケース株式会社”という中小企業の代表を務めている。わが社の創設は50年も前にさかのぼり私は三代目にあたるが、私の祖父がこの三栄ケースの前身となる会社を創業する際、唯一の製品だったのが植毛加工を施した指輪用ケースであった。

ジュエリーケースディスプレイ

それまで日本では、木工やプラスチック成型の筐体に手作業で布生地をくるみ貼りして作ったジュエリーケースしか存在せず、その制作に非常な熟練と手間を要することに目をつけた祖父が、植毛加工技術を初めてジュエリーケースに用い、その生産の全自動化を成功させたことからその社歴をスタートしている。

植毛加工のプロセス

植毛の原理は、パイルを固定させるための接着剤を基材(多くの場合プラスチック成形品)に塗布あるいは噴霧し、風、重力、静電気などで、直径10-20ミクロン長さにして1ミリに満たない微細にカットされたパイルを基材に定着させるという根本部分では共通している。

しかしながら、いかなる形状やサイズの基材にも対応できる汎用性の高い加工機は存在せず、例えば植毛の反物生地のような平面に加工する場合と、ジュエリーケースやこたつカバーのように立体物に加工する場合では、加工原理は同じでも、その機械のサイズ・構造・機構は全く別個のものとなり、加工設備はそれぞれはおのずとカスタム機へと昇華する道をたどることになる。

わが社についていえば、植毛ケースを量産することはできても、平面の植毛の反物をつくることはできない。その意味で、わが社は“植毛加工のエキスパート”ではなく、植毛加工を部分的に利用する“ケース造りのエキスパート”ということになる。

植毛加工の設備

わが社における植毛加工のプロセスは、コンベヤにつなげるための鉄棒ジグにプラスチック基材(ケース筐体)を取り付けてコンベヤで流し、はじめに水溶性接着剤を噴霧させた“第一の室”を通してからパイルがストックされた“第2の室”に移動させる。

この第2の室では高電圧発生装置を使って約30kVの電圧をかけて強制的に静電気を発生させているので、材料メーカーで電着処理されているパイルはマイナスの電気を帯びて基材とコンベアをつなぐ鉄棒(アースの役割)をめがけて飛んでいくことになる。

パイルはあらかじめ塗布された接着材によって基材に対し垂直にくっつき、その後乾燥炉を通って完全に基材上に定着することになる。これに余分なパイルを落とすためのバフかけを3度ほど加えて、わが社は植毛ジュエリーケースの表面加工を完成させている。

ちなみに、弊社では自動機を用いた生産方式を採っているので、小ロット対応には適していないが、エアガンタイプの吹き付け装置を使って手作業で植毛する方式ならば、むしろ小ロット生産に向いており、逆に大量生産には不向きということになる。このように加工手段さえ変えることで植毛加工は大小のロットにうまく対応できるが、むしろパイルの最小購入ロット(国内メーカ10kg/海外メーカー100kg程度)などの技術面以外で縛りが発生してしまうことがある。

植毛加工の優位性~優れた三次元加飾~

植毛加工がジュエリーケースに使われることの必然性については、“製造コストメリット”があげられる。熟練した職人が手作業でそれを貼る手間と比べて、ほぼ自動化された機械での加工の製造コストは大幅に圧縮される。また塗装と同じく複雑な曲面や微細な箇所にも難なく加工できる点も、優美な曲線フォルムを要するジュエリーケースにマッチしている。さらに柔らくスムーズな植毛のタッチは、ケースの中身が高額な商品であることを手触りによって伝えることができ、その訴求性を利点としてあげることもできるだろう。植毛の機能的特性だけにフォーカスした商品と比べて、ジュエリーケースは機能面だけでなく、植毛のもつ“美粧性”、その見た目や雰囲気を活用できている点で、植毛の特性をよりよく活用できている製品であると私は感じている。

植毛加工における課題

触り心地や見た目の美しさというソフト面の特性を兼ね備えていながら、実際は植毛加工のこの美粧特性を活かした製品は意外に少なく、わが社が製造を担っている植毛ケースがハード・ソフト両面の特性を活かせている絶妙な製品であることをしみじみと実感することがある。植毛加工のソフト面の特性を活かそうとするうえで、下記のような問題が課題として挙げられる。

・基本的に1回の工程につき1色の加工しかできない

・加工表面は微細な毛細の集合で凹凸があるため、光の反射で色の見え方が一定しない

・小ロット生産には人間の手業を要するためコストアップがさけられない

・材料となるパイル1色あたりの最低購入ロットの縛り

カラーコピーのように一回の工程で多色表現ができないことは、植毛の美粧性を活用する際の第一の壁となる。そもそも色の見え方が安定しないため、色のコントロールが思い通りにいかず、グラデーション表現が不可能であることも、その表現域を限定する要因となっている。そして最後にはコストの問題が立ちはだかることとなり、植毛加工のもつ“美粧性”というソフト面での可能性については、現存する需要がみいだせないことから、研究投資がされることなく手つかずのまま置き去りにされる運命に甘んじている。

植毛加工の業界動向

植毛加工の業界全体でいっても、衰退の一途をたどっているのが実情である。30年前にまでさかのぼれば、植毛加工にゆかりのある企業団体が存在し、それなりに交流して情報交換できる場にはなっていたようだが、それぞれの加工ノウハウは商品ごと企業ごと個別に最適化を追求した結果、それぞれが特殊性を帯びたものとなるため、新しいアイデアや技術研究が企業間で共有され、業界のなかで体系化される機会にはなりえなかったと思われる。これが業界と技術そのものを衰退させてしまった要因の一つだと私は考えている。

最近では、大幅な業務縮小や廃業にまで追い込まれるパイルメーカーや関連材メーカーが少なくない。前述のさまざまな商品や自動車の内装加工を担う加工業者もほとんどが、メーカー側からのコストダウン要求にあえぎながら設備や技術そのものを維持するのに四苦八苦している。そのような状況下で植毛技術を更新・進化させる新たな投資は発生しにくく、ほとんどの関連企業はとっくに償却の終わった旧来設備を再投資せずに使い続けているのが実情である。需要がみあたらないことが先に来るのか、研究投資が乏しいから需要を掘り起こせないのか、タマゴが先かニワトリが先かというレベルの命題において、この加工技術が負のスパイラルのほうをたどっているのは明らかである。

三栄ケースのビジネス変遷

わが社においても、20年前には売上における植毛ケースのシェアはほぼ100%であったが、その後年々そのシェアを落として現在は約40%弱ほどにとどまる。逆に、過去には対立する技術であった包み貼のケースがみるみる社内での売上げシェアを拡大し続け、現在ではメイン商材の座を植毛ケースから奪う勢いである。

わが社の最大の武器であった植毛ケースを大量生産する自動機械が、小ロット多品種化した日本市場にマッチしなくなってきたころ、安価な労働力が東南アジアで求められるようになり、手作業を要する包み貼ケースの生産コストの弱点が解決されるようになった。弊社でも30年前にインドネシアに生産拠点を移して、現地の安価な労働力を活用してすこしずつ包み貼ケースの売上シェアを拡大することができた。自社も含めて、植毛加工に携わる同業者のほとんどが、過去30年の間にあいだに中国をはじめとした東南アジアに製造機能を移したことが、間接的に技術や業界の衰退につながったことも否めない。

おわりに

モノがあふれる状況でありながらも、技術革新だけが日進月歩で進む現代において植毛加工技術は、デジタルやロボット技術を取り入れた印刷技術や塗装技術と比較したとき、大きく取り残されてしまっている。私にとって愛すべき、この古い加工技法については、若い消費者にとっては逆に目新しく映ることがあるようで、“植毛の特性を活かした製品がなにかできるよう気がする”と若いデザイナーたちに声をかけられる機会は少なくはないが、具体的には植毛のもつ“機能性”と“美粧性”の2つの特性を意識して絶妙に活かそうとする企画に出会ったことはない。

この機能性と美粧性の両面をフルに活かすことのできる製品にたどり着くことができれば、またそのような製品の発想を可能にする技術進化がみこめれば、停滞する植毛加工技術の歴史にまた光が差し込むことがあるかもしれない。だが現状のまま、必要とされる機能特性をほそぼそと提供するだけの技術に甘んじるようであれば、やがてこの技術の存在そのものが世の中から忘れ去られても不思議ではない。 私としては植毛加工の持つ可能性について諦めることなく考えつづけ、植毛加工の現状に一矢報いることのできる次のヒット商品を虎視眈々と狙いつづけるのみである。