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製品設計の「キモ」(4)~トレードオフのコントロール~

製品設計コンサルタント
田口技術士事務所  田口宏之

1. はじめに

製品設計は、QCDなど製品に対する多岐に渡る要求事項を、漏らさず満足させる設計解を見つけるパズルのようなものである。しかも、それらの要求事項はトレードオフの関係にあることが多く、パズルの答えを見つけることを難しくしている。

私は現場の設計者としての経験、コンサルタントとして設計者や管理者を支援する立場での経験を通して、トレードオフをうまくコントロールすることが、自社製品の競争力強化につながると強く感じている。

しかし、トレードオフを強く意識しながら製品設計を進めている設計者や管理者は、それほど多くないのではないだろうか。今回は製品設計におけるトレードオフに、どのように対応するべきかについて解説したいと思う。

2. 製品設計におけるトレードオフ

トレードオフとは、一方を満足させようと思うと、他方を満足させることができない状況のことである。製品設計に限らず、ビジネスからプライベートまで様々な場面で直面するものであろう。図1は製品設計においてトレードオフになりやすい関係の例である。

図1 トレードオフになりやすい関係の例

 安全性向上とコストアップは最も典型的なトレードオフの例である。消費者からは「安全とコストを天秤に掛けるなどあってはならない」という声が聞こえてきそうだが、安全のために無限のコストを掛けることができないのはやむを得ない。安全性の要求事項や基準を満足させつつ、許容されるコストに抑える方法を設計者は常に模索しているものである。

また、デザインと使い勝手もトレードオフになりやすい。デザイナーが考えるデザインをそのまま製品化しようと思うと、使い勝手が悪くなるケースがある。一方で使い勝手を考慮し過ぎると、凡庸なデザインとなる。これもどこかで折り合いを付けざるを得ない。

一方で、トレードオフの存在は技術革新やイノベーション、製品差別化の源泉でもある。安価だが安全な製品、デザイン性が高いのに非常に使いやすい製品、といった難しいトレードオフを解決できれば、社会を大きく変えるような製品を生み出せる可能性もある。コストは掛かってでも、地球環境に優しい製品作りをするといった自社戦略を掲げれば、それは他社との差別化にもつながっていく。

3. トレードオフ対応の課題

トレードオフに対する明確な指針や戦略、優先順位付けは、自社の独自性や強みを生み出す。しかし、日本の企業はQもCもDもすべて大事。どれにも優先順位は付けられないというところが多いのではないだろうか。設計者はすべての要求事項を満足させる設計を模索するが、結果として得られる設計解は、角の取れた特徴のない製品だったり、他社との違いがほとんどない製品だったりする。そうやって、日本のメーカー(特に大企業)の製品はどこも似たり寄ったりの製品になっていったのかもしれない。

日本の技術者は技術力では新興国企業に負けないという言い方をする事があるが、私は技術力というより、トレードオフに対する優先順位の違いという理解をすると、対応方法も変わって来るのではないかと考える。

日本の企業はQもCもDもすべて大事だという一方で、新興国企業の優先順位はC>D>QまたはD>C>Qである。購買力の低い消費者には値段の高い製品は売れないので、品質よりコストを優先することが重要である。また拡大する市場にいち早く製品を投入することが重要なケースでは、市場への製品投入スピードが優先される。そういう意味で、新興国市場で勝負するのであれば、自社戦略に合わせて優先順位をしっかり考えて戦った方がよいだろう。

4. トレードオフ対応フロー

図2はトレードオフへの対応フローの一例である。以下でそれぞれについて説明する。

図2 トレードオフ対応フロー

(1)要求事項の明確化

トレードオフを考える上での出発点は要求事項の明確化である。製品設計の基本中の基本の作業だ。これがしっかりできていない場合、トレードオフへの対応が不十分になるだけではなく、売れない、儲からない、クレームが多発する出来の悪い製品に仕上がってしまう。

トレードオフにうまく対応するためには、以下のことに配慮して要求事項を設定することが望ましい。

■要求事項はできる限り定量的に定義する。

(例)耐用期間5年以上/中性洗剤による変色ΔE<2 等

■設計の自由度を確保できるように要求事項を定義する。

(例)要求事項は「必須」「推奨」「禁止」/「機能」「性能」「仕様」などのいくつかのレベルに分ける。

(例)要求事項の本来の目的を考慮した定義を行う。

耐荷重100kgf以上 ⇒ 100kgの男性が座っても安全であること

※設計の自由度は一般的に機能>性能>仕様である。

(例:樹脂製の椅子)

機能:大人が座わることができる。

性能:100kgの男性が60分間以上座ることができる。

仕様:(上記性能を満足させるために)厚み2mmのガラス繊維入りPP樹脂+金属補強

※「耐荷重100kgf以上」と「100kgの男性が座っても安全であること」は、前者は100kgfの荷重が掛かった時に壊れてはならないが、後者は100kgfの荷重が掛かって壊れたとしても、使用者が怪我をしなければよいという意味で使用している。

(2)トレードオフの抽出

製品設計を進めると多くの要求事項がトレードオフの関係にあることに気付く。簡単に解決できるものから、難易度の高いものまでレベルはさまざまである。簡単に解決できそうになく、今後の方針を検討する必要があるトレードオフを抽出するのがこのプロセスである(図3)。

図3 トレードオフ抽出の例

(3)トレードオフの分類

トレードオフ関係にある要求事項を両立できる可能性が高く、設計検討を進めるものと、両立が不可能で設計検討は行わないものに分類する。製品設計工程全体で使用できる工数には限りがあるので、すべてのトレードオフの両立を達成できないことも多い。いきなり時間をかけて設計検討するのではなく、以下の点に配慮しつつ、まずは分類して優先順位などの方針を決めることが望ましい。

■両立の実現可能性(必要な工数、難易度、設計者のスキル、予算 等)

■代替案の有無

■全体のスケジュールと工数

■対象製品の売りや強み(どこに工数を優先して掛けるか)

■設計検討を進める優先順位(どこに工数を優先して掛けるか)

■チームや管理者と共に方針を決定(設計者一人で決めない)

■要求事項を設計の自由度を高める内容に変更できないか。

ここでの判断には、優れた目利き力が必要になる。経験の豊富な設計者や技術者の意見、自社内の専門家、外部の専門家などの意見を取り入れながら、適切な判断をしていかなければならない。設計者だけでなく管理者のリーダーシップも必要である。実現可能性の低い課題に工数を費やした結果、やっぱり実現できないことが分かったというのでは、何の付加価値も生み出すことができない。

(4)トレードオフ両立の検討

前工程で決めた方針に従い、トレードオフ両立のための検討を行う。必要に応じて、品質工学や実験計画法などの設計手法、TRIZやブレインストーミングなどのアイデア創出手法なども活用する。手法を活用する時は、自社と相性のよいものを選択することをお勧めする。また、設計者やチームだけではなく、自社のあらゆる人脈や知識の活用、社外の専門家の活用なども含めて、広い視野で解決策を検討する必要がある。困難なトレードオフを解決できるアイデアを生み出すことが、設計者にとって最も付加価値の大きな仕事の一つと言えるだろう。

実現可能性の低い難しい課題に対して、管理者が設計者を鼓舞することにより果敢にチャレンジさせ、解決策を生み出したという成功例はよく聞く話である。そういうやり方も大事であるが、一方であまりにも実現可能性の低い課題の解決を設計者に強いることは、不正の原因となることも知っておくべきである。フォルクスワーゲン社の排ガス不正問題はその典型だと思うが、多くの企業で表に出ない不正が隠れている可能性がある。

(5)トレードオフの優先順位付け

両立できないトレードオフには優先順位をつけて、優先しない方の要求事項を緩和する。言うのは簡単だが、本来は必要な要求事項を緩和することになるので、それを進めることのハードルは想像以上に高い。品質に関する要求事項を下げると、当然品質担当者の抵抗は大きくなる。コストの要求事項を下げれば、営業担当者は売れないと言って反対する。したがって、自社製品の強み、位置付け、企業理念などを背景に、その判断をした理由を説明し、関連部門の合意を取り付けなければならない。中小企業においては、経営者のリーダーシップにより、優先順位付けを行うことも重要である。

安全や環境など最優先にすべき要求事項については、企業理念などにより方針を明確にしておくことが望ましい。トレードオフの優先順位付けが容易になり、スムーズに製品設計を進めることができる。また、優先順位付けはいつ、誰が、どのように意思決定するのかを明確にしておくことも大切である。

医療機器メーカーのマニー株式会社は、自社が考えている優先順位をホームページに掲載している。優先順位付けをする上での一つの参考になるだろう。

<マニー株式会社のトレードオフ(やらないこと)>

  • 医療機器以外扱わない
  • 世界一の品質以外目指さない
  • 製品寿命の短い製品は扱わない
  • ニッチ市場(年間世界市場5,000億円程度以下)以外に参入しない

5. おわりに

製品設計には必ずトレードオフが発生する。そのトレードオフへの対応は、製品設計の最も重要なプロセスの一つであり、自社製品の競争力に直結している。競争戦略論においても「捨てる」ことの重要性がしばしば強調される。製品設計のトレードオフ対応でも、自社戦略に基づき「両立を目指す部分」と「捨てる部分」を明確にして対応することが要求される。製品設計の「キモ」のひとつは、トレードオフをコントロールして競争力を高めることであると考える。

参考文献

マニー株式会社ホームページ(2016年2月15日)

http://www.mani.co.jp/company/company9.html

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