製品設計コンサルタント
田口技術士事務所 田口宏之
プラスチック製品の設計経験がある技術者なら分かると思うが、その強度設計は非常に難しい。原理的には製品に発生する応力をプラスチック材料の強度より小さくすればよいので、それほど難しくないように思えるかもしれない。しかし、プラスチック材料には金属とは異なった特性があり、強度面においてマイナスに作用するものが多い。
それらの特性を知らなければ、たとえ高価なCAEソフトを使ったとしても、精度の高い強度設計を行うことはできない。精度の高い強度設計は、品質を向上させ、材料使用量の削減による原価低減に直結するため、どのような製品、企業においても強く求められている。今回は、プラスチック製品の強度設計において、プラスチック材料の特性を理解することの重要性について説明したいと思う。
壊れないプラスチック製品を設計するためには、以下の式を満足させればよい。
製品に発生する最大応力 < プラスチック材料の強度
プラスチック製品に限らず、どのような材料を使った製品においても、上記の式を満足するように設計されているのが普通である。考え方としては簡単であるが、実際の製品においては、図1のように発生する最大応力も材料の強度も大きなバラツキが発生するため、バラツキを考慮した強度設計が必要になる。特にプラスチック材料は、このバラツキが大きいことと、その正確な把握が難しいことが強度設計上の難点である。
図1 最大応力と材料強度のバラツキ
精度の高い強度設計を行うためには、製品に発生する応力を正確に見積ることが必要である。プラスチック製品の強度設計において、どのようなポイントに注意して発生応力の見積りをすればよいかについて説明する。
製品がどのように使われると想定し、どのような使われ方まで性能を確保するかにより、製品に発生する最大応力の想定は異なる。図2のように安全性に関しては「予見可能な誤使用」まで、安全性以外に関しては「意図される使用」まで性能を確保することが一般的である。しかし、それぞれの使われ方の境界は曖昧であるため、どこまで性能を確保すればよいかの線引きは難しい。プラスチック材料の物性は使用環境への依存性が高いため、どのような使われ方まで配慮するのかを慎重に判断する必要がある。
図2 製品の使われ方と性能確保の範囲
製品の種類、成形法、部位などによるが、プラスチック製品の寸法は数%のバラツキを生じる。強度計算を寸法許容差の下限値で実施するのか、中央値で実施するのかで計算結果に差が生じる。また、試作品の評価試験においても、どの寸法の試作品を用いて評価するかによっても結果に差が出る。寸法精度の低い押出成形などの場合は、特に注意しなければならない。
プラスチック製品は金型設計、成形、製品設計、加工・組立の諸条件により、製品内部に残留応力が発生することが多い。残留応力の存在により、想定以下の荷重で破損することもある。残留応力が発生しにくい製品になるように設計時点で配慮すること、試作品での十分な評価試験を行うことが必要である。なお、残留応力は測定や検査が容易ではなく、破損以外にも反りや変形、ソルベントクラックなどで量産後に問題になることも多い。
プラスチック材料の特徴の一つとして、金属材料と比較して線膨張係数が大きいことが挙げられる。表1は代表的な材料の線膨張係数である。
表1 各種材料の線膨張係数
環境温度の変化によりプラスチック材料が伸縮し、製品内部に熱応力が発生する。線膨張係数の違う異種材料を組み合わせた製品では、その影響が非常に大きくなるので、特に注意が必要である。
プラスチック製品に荷重が掛かった際に、どのように変形するかによって、製品に発生する応力は変わる。すなわち、プラスチック材料の弾性率の違いにより、発生応力に違いが生じる。プラスチック材料の弾性率は図3のように、温度によって大きく変化する。
図3 東レ株式会社 ABS「トヨラック」 曲げ弾性率の温度依存性
出所:東レ株式会社HP http://www.toray.jp/plastics/toyolac/technical/tec_002.html
精度の高い強度設計を行うためには、プラスチック材料が持つ強度を正確に見積ることが重要である。プラスチック製品の強度設計において、どのようなポイントに注意して強度の見積りをすればよいかについて説明する。
プラスチック材料の強度は、図4のように温度によって大きく変化する。一般消費者向け製品では、使用環境温度は0~35℃ぐらいであるが、図4の「デンカABS」のケースでは、0℃の時と35℃の時で20%前後の強度差が生じている。
図4 「デンカABS」 曲げ強度の温度依存性
出所:電気化学工業株式会社HP http://www.denka.co.jp/resin/product/pdf/abs_catalog.pdf
プラスチック材料は使用環境の様々な要因により劣化が進み、強度が徐々に低下する。代表的な劣化要因を表2に示す。
表2 プラスチック材料の劣化要因
強度低下を見積るためには、まず、各劣化要因がどの程度製品に作用するのかを想定する。その想定を元に加速試験を行い、アレニウスの式などを使って強度低下を見積ることが一般的である。通常、これらの劣化要因は外部からの荷重などと共に複合的に作用する。そのため、強度低下の見積りは非常に難易度が高く、各企業のノウハウとなっている。
製品に一定の荷重が継続的に作用すると、徐々に変形が進み、やがて破壊に至るクリープ現象が発生する。金属材料では常温付近におけるクリープは想定する必要がないが、プラスチックの場合は、図5の例でも分かる通り影響が顕著である。筆者もクリープによる製品クレームを何度も経験したので、その影響は痛いほど理解している。
図5 旭化成ポリアセタール「テナックス」 引張クリープ破断
出所:旭化成ケミカルズ株式会社 http://www.akchem.com/rs/jpn/contentsfiles/emt/etc/tenac/TeHB_10.pdf
金属と同様にプラスチック材料も繰り返し応力により疲労破壊を起こす(図6)。金属とは異なり、明確な疲労限度が出ない材料も多い。
図6 ABS樹脂のS-N曲線
出所:NITE(独立行政法人製品評価技術基盤機構)HP http://www.tech.nite.go.jp/mch/rpt/hakai3.pdf
プラスチック製品は、成形の不具合により強度低下を招くことが多い。図7はボイド(気泡)により強度が低下し、製品の破損に至った事例である。成形不具合を設計時点でどこまで考慮するかの判断は非常に悩ましいものであるが、ウェルドなどの発生がある程度予測できるものについては、強度低下を想定した強度設計を行った方がよい。その他の成形不具合については、金型メーカーや製造担当者・企業と入念な仕様の取り決めを行い、成形不具合の発生を防止することが重要である。
図7 ボイド(気泡)による強度低下で発生した製品事故事例
出所:NITE(独立行政法人製品評価技術基盤機構)HP
http://www.nite.go.jp/data/000005663.pdf
その他にも、衝撃、摩耗など考慮しなければならない材料特性は様々である。製品の使われ方をしっかりと把握し、製品に発生する応力と必要な材料強度を正確に見積ることが大切である。
これまで述べてきたように、発生する応力や材料の強度をしっかり把握することができれば、壊れないプラスチック製品を設計することは可能である。しかし、そのデータを取得するためには非常に多くの工数と費用が必要である。一般的にプラスチック製品は単価の低いものが多いため、工数と費用が十分に掛けられるのは、航空機や自動車といったごく一部の製品に限られるのではないだろうか。そこで、あまり工数や費用を掛けることができない企業や設計者が、プラスチック製品の強度設計を行う際のポイントをいくつか紹介する。
物性データを取る手間を減らすために、材料や添加剤などを思い切って標準化した方がよいと考える。同じPPを使用する際でも、製品や部位の違いにより、様々な材料を使用しているケースは多いだろう。設計時点で少しでも単価の安い材料を使いたくなる気持ちは分かるが、たくさんの種類の材料を持っていると、それだけデータ取りに工数や費用が必要になる。正確なデータを持っていると、無駄に安全率を高く設定する必要がなくなるため、贅肉の取れた設計が可能になり、結果的に低コストで製品を作ることにつながる。
材料メーカーは様々な評価試験設備や材料に関する知識を持っているので、設計者としては是非とも協力してもらいたいものである。しかし、ビジネスとしては仕方がないが、材料の使用量が少ないと十分な協力が得られない。したがって、材料メーカーの協力を引き出すためにも、使用する材料を絞り、使用量を増やすことが重要である。
「この製品の安全率は3です」という言い方をすることがあると思うが、これまで述べた通り、どういう発生応力とどういう強度で安全率を出しているかによって、「安全率3」の妥当性は大きく異なってくる。「安全率が3」もあれば十分だと安心していたら、強度や応力を平均値で見ており、バラツキを考えたらほとんどマージンがないということもあり得る。「発生応力はバラツキの上限値、材料強度はバラツキの下限値で安全率3以上を確保」というような考え方を統一した方が品質の安定につながる。
物性データや市場での不具合情報が蓄積されるまでは、ある程度高めの安全率を設定した方がよい。しかし、すべての部分で安全率を高めに設定してしまうと、非常に高コストの製品となってしまうので、安全に関わる所とそれ以外で安全率を変えることも一つの方法である。
いくら安全率を適切に設定していても、想定に反して製品が壊れることもある。その場合でも、使用者が怪我をするといった最悪の事態にならないように、安全な壊れ方になるような設計を心がける必要がある。また、本当に安全な壊れ方をするのか、試作品を実際に壊れるまで使用、評価することも重要である。
NITE(独立行政法人製品評価技術基盤機構)によると、近年の5年間に発生した製品事故(約21,000件)のうち、プラスチックの破損事故は500件を占めるそうである。私はプラスチックの強度設計不良をかなりたくさん見て来たので、NITEに報告されている事例は氷山の一角に過ぎないと考えている。それだけプラスチック製品の強度設計は難しいとも言える。低コスト化や軽量化といったニーズはますます高まっており、プラスチック製品が今後も増えて行くのは間違いない。製品設計の「キモ」のひとつは、プラスチック材料の特性を理解した上で、適切な強度設計を行うことだと思う。
NITE(独立行政法人製品評価技術基盤機構)HP 「プラスチック製品の事故原因解析手法と実際の解析事例について」
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