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製品設計の「キモ」(2)~製品設計における文書化の重要性~

製品設計コンサルタント
田口技術士事務所  田口宏之

1. はじめに

ビジネスの様々な場面において、文書にして残すこと(文書化)の重要性は多くの人が理解していることだと思う。製品設計においても、文書化は強調しても強調し過ぎることがないぐらい重要である。しかし、文書化を適切に実施できている企業は多くないように思われる。大企業においては、不必要に多くの文書を作成するため、設計者に大きな負荷が掛かっているケースが多いと聞く。中小企業においては、必要な文書を作成できていないケースが目立つ。今回は後者の中小企業を念頭に、製品設計における文書化の重要性について述べてみたい。

2. 製品設計における文書

製品設計においては、非常に多くの文書を作成することになる。表1は顧客から委託を受けて、製品を設計・製造する企業を想定した場合の主な文書の例である。

 表1 製品設計における主な文書の例

製品設計において作成する文書は大きく分けて2つある。1つは設計部門内で使用するために作成する文書。もう1つは顧客や外注企業など、設計部門以外の組織と情報を共有するために作成する文書である。ここでは手書きの資料でも、3DCADやエクセルなどのような電子データでも文書として考えている。設計の実務をやっておられる方なら分かるように、設計者の業務時間のかなりの部分が文書作成に費やされている。

3. 文書化の目的

文書を作成する目的は何であろうか。文書化というと「手間がかかる」「時間のムダ」といったネガティブなイメージを持つ人もいるかもしれないが、まずは何のために作成しているのかを考えてみたいと思う。

ISOの専門委員会TC176では、文書化の目的として次の3つを挙げている。

文書化の目的
  • 情報の伝達(Communication of Information)
  • 適合性の証明(Evidence of conformity)
  • 知識の共有(Knowledge sharing)

製品設計に限定して文書化の目的を整理すると、以下のように表現することもできる(筆者による分類)

製品設計における文書化の目的
  • トラブルの未然防止
  • トラブル発生時の被害低減
  • 設計力強化

それぞれについて説明する。

3.1 トラブルの未然防止

文書化は2つの場面でトラブルの未然防止に役立てることができる。

情報共有の不適切さに起因するトラブルの防止

設計部門にとって、顧客や外注企業、製造部門とのトラブルの多くは、情報共有の不適切さに原因がある。表2のようなケースが典型的である。

表2 不適切な情報共有の例

新規性が高い製品であったり、顧客に技術的な知識がなかったりする場合には、特に情報共有の不適切さに起因するトラブルが発生しやすい。また、情報の洪水のような製品設計プロセスにおいては、口頭のみでの情報共有は非常にリスクが高い。「人は忘れやすい」「人の情報処理能力には限界がある」という前提に立って、適切な文書で情報共有することが望ましい。

プラスチック部品の仕様に関しては、図面と仕様書(購入仕様書/納入仕様書/QA表)をしっかり作成すれば、ほとんどの情報共有は可能である。図面はほとんどの企業が作成しているが、仕様書をしっかり作成できている中小企業は少ないようだ。

メールや議事録などだけで情報共有するのではなく、共有すべきすべての情報を図面と仕様書に集約し、その最終版で顧客や外注企業などに了解をもらう。その作業をやることにより、不適切な情報共有によるトラブルは大幅に低減させることができる。しかも、一度仕様書を作成すれば、次回以降は使い回しができるため、効率も大きく向上させることが可能である。

品質向上によるトラブルの防止

製品設計プロセスにおいては、詳細設計書やFMEAなど多くの文書を作成する。これらの文書を作成することによる品質上のメリットは2つある。

1つは設計は文書化することによって精度が上がることだ。設計者が頭の中だけで考えるのと、設計の根拠を文書にするのでは、精度が大きく異なる。後者の方が圧倒的に高精度になることは言うまでもない。

もう1つの理由は、設計審査を実施しようと思ったら、議論すべき対象(設計の根拠)を文書化しないと、議論できないということである。多くの人の目にさらされ、議論された設計の品質は向上する。

3.2 トラブル発生時の被害低減

市場で製品にトラブルが発生した場合、顧客との間で責任問題が生じ得る。要求事項や免責事項などを図面や仕様書で文書化していなかった場合、どうしても受注側の方が不利になることが多い。トラブル発生時の自社の被害を小さくするためには、事前に自社が取り得る防衛手段を顧客に認めてもらう努力とその文書化が必要である。

3.3 設計力強化

製品設計プロセスで作成した文書は、設計資産となって次回以降の製品設計を効率化、高度化することに大きく貢献する。また、設計ノウハウが設計者に属するのではなく、組織に属するようになり、人の異動や入れ代りがあっても、組織としての設計力を維持することができる。

4. 文書化の課題と対策

文書化の目的は分かるが、人員が不足しているため、文書化をする余裕がないという中小企業もあるかもしれない。また、時間をかけて文書を作成しているが、あまり活用できていないという中小企業もあるだろう。それらの対策を考えてみたいと思う。

4.1 課題と対策① 文書化の効率化

文書化に時間が掛かる大きな理由の1つは、帳票に問題があることだ。帳票自体がない、帳票に書く内容に不要なものや重複がある、などといったケースだ。帳票がないとスキルのない人ほど何を書けばよいか迷うし、不必要なことまで時間をかけて書いてしまう。また、帳票を作成する担当者は、良かれと思って帳票にあれもこれもと入れてしまう。文書化する目的を理解した上で、「必要最低限」の内容を「漏れなく、ダブりなく」帳票に入れることが重要だ。

4.2 課題と対策② 文書の活用

文書化はしているが、文書自体があまり活用できていないという話もよく聞く。その理由のひとつは、作成した文書を探し出すのに時間がかかることだろう。文書を早く探し出すコツはいくつかあるが、最も手っ取り早いのは電子化である。しかもただ電子化されていればよいのではなく、ファイルの中身まで全文検索できる仕組みを導入することだ。

クラウドサービスが充実してきているので、非常に安価に全文検索の仕組みを導入することができる。全文検索ができると、文書を探し出すスピードは圧倒的に早くなる。全文検索どころか、多くの文書を紙ベースで管理をしている企業がまだあるのであれば、そのような企業は今後勝ち残って行くことは難しいかもしれない。

5. おわりに

文書化の重要性は言われなくても分かっている、当たり前のことだ、と思われる人が多いかもしれない。しかし、多くの経営指南書、ビジネス書にある成功ノウハウは当たり前のことばかりしか書かれていない。すなわち、経営において当たり前のことがいかに難しいかを物語っていると思う。製品設計においても、文書化を進めることは企業の競争力を上げるためには当然やらなければならない、当たり前のことであると思う。文書化する労力を経費と捉えるのではなく、投資と捉えて仕組みを構築していって頂きたいと思う。製品設計の「キモ」のひとつは文書化を当たり前のようにやることである。

参考文献

ISO/TC 176/SC2/N 525R2 Guidance on the Documentation Requirements of ISO 9001:2008

 

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