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劣化の兆しを捕まえる!ケミルミネッセンス(化学発光)によるプラスチックの安定性評価

細田 覚

京都工芸繊維大学 兼  SHテクノリサーチ

1.はじめに

ケミルミネッセンス(化学発光)の典型例は夏の夜空に舞う蛍の光跡であり、コンサートで使われるケミカルライトである。すべての有機物は空気中では酸化を受けて、その時に極微弱な光を発している。発光の効率(量子収率)が上に挙げた2つの例では極めて大きいが、一般的な有機物の酸化反応では10-8程度であり、その強度は10-13Wと、ヒトの目には到底、認識出来ない。

この極微弱光を高感度な光電子増倍管やCCDカメラを用いて検出し、酸化反応の初期を捉えようという試みは古くから行われてきた。食品や生化学分野での研究が先行し、ビールや油脂などの酸化劣化に関する品質管理や受け入れ検査などで実用評価方法として採用されている。また医学分野でも装置開発当初からケミルミネッセンスの利用についての研究が盛んであり、血中過酸化物測定や生体試料の発光と病気との関係が調べられてきた。

プラスチックの分野でも一般に耐久性の評価には種々の条件での促進試験が行われるが、それでもかなりの長時間を要する。プラスチックの劣化が空気中での酸化に基づくものが多いことから、プラスチック材料・製品の酸化の初期を捉えることができるケミルミネッセンスを耐久性評価や劣化度判定へ利用しようという検討例が増えてきた。他に無いその高感度性を生かして、迅速な評価法として更なる普及が期待される。

ここではプラスチックの熱および光による酸化劣化の評価法としてのケミルミネッセンスの活用事例を紹介する。なお、プラスチックのケミルミネッセンスについての総説がいくつか報告1-4)されており、参考文献に記した。

2.ケミルミネッセンスの原理

ケミルミネッセンスは化学反応によって発光が誘起される現象の総称であり、本来、発光体の種類(生物か合成物質かなど)を問わないが、蛍など生体の発光を生物発光として別に分類している。図1の反応座標において、通常の発熱反応は反応前のA+Bが活性化エネルギー⊿Eを持つ遷移状態を経て、⊿Hの熱を放出して、安定なC+Dに至るものである。

一部は、⊿Eより小さい⊿E*の活性化エネルギーの遷移状態を経て、励起状態C*+Dに進み、C*がhνのエネルギーの光を放って基底状態に落ちる。この光がケミルミネッセンスである。発光の量子収率(f)は上述のように一般的な酸化反応では非常に低い。

図1. ケミルミネッセンス(化学発光)の反応座標

φCL =  φCφEφf

φCL;化学発光の量子収率、 φC;生成物の化学反応収率、

φE*;励起状態分子の生成収率、φf;励起分子の蛍光量子収率

3.ケミルミネッセンス測定技術

ケミルミネッセンス測定装置の概略を図2に示す。加熱や雰囲気置換(酸素、窒素、アルゴン、空気など)が可能な試料室に入れた試料からの発光を上部にある高感度の光電子増倍管(PMT)で受け、検出したフォトンを電気的に処理して発光強度として計数される。さらに高感度CCDやマイクロチャンネルプレートアレイ(MCP)による二次元検出器も開発され、試料からの発光を画像として捉えることができるようになっている。

図2.ケミルミネッセンス測定装置

(東北電子産業㈱提供)

この技術により、試料の酸化部位の特定や試料間の酸化されやすさの差異なども二次元的に捉えることが可能である5,6図3)。化学発光種の特定のためには発光スペクトルの測定が有用である。一般的には図にも示すように、多数枚の波長カットフィルターを使ってスペクトルを得られるが、一方で回折格子とCCDカメラとの組み合わせにより、リアルタイムで試料からの発光スペクトルを測定できるシステムも開発されている。

図3.ポリプロピレンの酸化反応の発光画像

試料;PP原料とIrganox1010をそれぞれ0.5%、1.0%添加したPP

測定条件;酸素雰囲気、200℃(時間の経過は(a)→(b)→(c)→(d)の順

4.高分子材料の発光スキーム

高分子材料の劣化要因としては、種々のものがあるが、熱と光による劣化は最も典型的なものである。その他にも、放射線、機械的外力、電気的ストレスなどが挙げられる。これらの要因に基づき、分子鎖の切断、水素引抜きなどが起き、アルキルラジカル(R・)を生じる。これは容易に空気中の酸素と反応して過酸化ラジカル(ROO・)を生成する。ROO・とポリマー(R)やROO・どうしの反応などが連鎖的に起こるが、中でもROO・どうしの2分子停止反応は、他の反応に比べて小さな活性化エネルギーと大きな発熱を伴い、励起状態のカルボニルを生成しうる。この励起状態のカルボニルが基底状態に遷移する時に発する光がケミルミネッセンスの原因とする説(Russell機構)が現在では最も有力となっている。

図4に、Georgeら7)の素反応モデルに従って高分子材料の化学発光過程を簡略化して示した。この図から判るように、UV吸収剤やラジカル補足能を持つ酸化防止剤が作用すれば、結果的にR・の生成濃度を減少させる。また過酸化物分解作用を持つ安定剤が作用すればROO・濃度を減らす。これらは結局、励起カルボニル濃度の減少をもたらし、化学発光強度を減少させる。このことから、化学発光強度を測定することで、樹脂本来の安定性や安定剤の効果が評価できることになる。

図4.高分子材料の酸化反応スキーム

5.プラスチックの劣化とケミルミネッセンス

高分子は製造されてから、その寿命を終えるまでの間に、種々の劣化要因を受ける。大きく分けて、加工工程における熱や剪断力、高エネルギー線などと、製品になってから実際に使用される環境下での紫外線、放射線、機械的外力や電気などである。それぞれ、プロセス安定性、サービス安定性が求められ、対応する安定剤処方が施される。以下に今回は熱と光による劣化とケミルミネッセンスとの関係を例示する。

5.1.熱酸化

高分子製品は空気中で徐々に酸化され、長期間のうちに品質が劣化していくが、その速度は一般にきわめて遅く、通常の測定法では検出が難しい。したがって高温のオーブンなどに入れて劣化を促進させて、機械強度や色相の変化を評価することが一般的に行われている。空気中で加熱下、ポリプロピレン(PP)などの化学発光を経時で測定すると、図5のように初期にピーク強度に達した後、減衰し、やがて一定値を示した後、急激に強度が上昇する。

筆者らは発光強度の時間変化を速度論的に解析し、ピーク強度、ピーク後の減衰速度、平衡強度などがそれぞれ劣化機構において意味するところを明らかにし、これらの速度論的パラメーターが高分子材料の評価に利用できることを明らかにした8,9)。 初期のピーク強度はそれまでに試料が酸化を受けた結果、生成した過酸化物濃度に比例し、窒素中など不活性ガス中で測定することによって、試料の測定時における劣化度が判定できる。

図5.加熱下での典型的な化学発光の経時変化

試料;PPシート,測定雰囲気;(a)アルゴン中,(b)空気中

図6には押出機を複数回通して、熱剪断劣化させたPPの窒素中での発光強度を示す46)。押し出し回数が多く、劣化が進行するほど、この初期強度が強いことが判る。また平衡に達した時の強度は、PP試料のギアオーブンライフと良い関係があることが判る(図78,9)。酸化防止剤が消費され尽くすと平衡が崩れ、一気に発光強度が増大する現象が見られ、ここまでの時間をケミルミネッセンス測定における酸化誘導時間(OIT)と呼んでいる。図8に示すように無添加に比べ、酸化防止剤濃度の増加とともに、OITが増大し、熱酸化安定性が増していくことが判る10)

図6 押出混練で劣化させたポリプロピレンの化学発光強度

押出温度:300℃、押出回数:1~5回

化学発光測定条件:窒素中、150℃

図7. PPの平衡発光強度(Is)とギアオーブンライフ(τg.o.)との関係

化学発光測定条件:空気中、150℃

図8 ケミルミネッセンスの経時変化(酸素誘導時間測定)

(a):原料ポリプロピレン、(b):Irganox1010 0.5%添加PP、(c):Irganox1010 1.0% 添加PP

測定条件:酸素雰囲気、200℃

5.2.光酸化

高分子製品の耐候性や耐光性はサービス安定性に関する重要な実用性能のひとつである。評価法としては、屋外暴露試験など長時間の耐候試験に依る場合が多く、より短時間で評価できる方法が望まれている。高分子製品が太陽光に晒され、UV領域の光が、主結合であるC-HやC-Cの結合解離エネルギー以上のエネルギーを持っていても、これらの結合の最大吸収波長は太陽光の最短波長よりも長いことから、実際には高分子の分解は起こりにくい。

ただし、高分子製品中には重合で生じた末端二重結合や加工時の酸化によるカルボニル基などが存在し、これらがUV領域の光を吸収してNorrish型と呼ばれる反応で分子鎖切断が起こり、劣化が進行する。筆者らは紫外線による室温での酸化反応速度を化学発光法により評価する方法を開発し、各種光安定剤を処方した直鎖状低密度ポリエチレン(LLDPE)の耐光性評価に応用できることを明らかにした11)

図9に示すように、LLLPEフィルムのケミルミネッセンス測定による光酸化速度(I0)と、同じフィルムの数ヶ月から1年間の屋外展張による耐候性評価結果(引張り試験の伸び残率)とが非常に良い相関を持ち、UV照射後のケミルミネッセンス測定がLLDPEの耐光性の判定に有効であることが判る。

図9 発光強度(I0)と屋外暴露寿命との関係

試料:LLDPEフィルム。寿命はフィルム伸びが半減する期間(日)

これら熱と光以外の劣化要因についても、筆者らは溶融時押出時の押出機内での剪断によるポリマー鎖切断、個体状態での延伸に伴う分子鎖切断、電圧印加による劣化などについても、ケミルミネッセンス法が有効な評価法であることを明らかにしている。これらについてはまたの機会に譲りたい。

6.おわりに

プラスチックの酸化劣化の評価法としてのケミルミネッセンスの利用法について、いくつかの測定例を紹介した。図10に示すように、ケミルミネッセンスはその高感度性を活かして高分子の劣化の極めて初期を捉えるものである。機械的物性の変化などが全く起こらない段階であり、赤外吸収スペクトルでの官能基の生成などの分子構造変化も捉えられない段階の劣化を、酸化反応を利用して評価するものである。この微弱発光を新しい情報源として、さらに広い分野で積極的に活用していくことで、材料の耐久性についての高感度で迅速な評価法として普及していくとともに、新しい応用の世界が開けるのではないかと期待している。

図10 高分子材料の劣化のステージと評価方法

参考文献

1) 大澤, 防錆管理, 33, 1 (1989)

2) 細田, 木原, 関, 住化誌, 1993-Ⅱ, 86 (1993)

3) Hosoda, H. Kihara, Y. Seki, Adv. Chem. Ser., 249, 197 (1996)

4) 山田,佐藤,熊谷,佐藤,今野,椎野,森, 科学と工業,88, 250 (2014)

5) Hosoda, Y. Seki , H. Kihara, Polymer, 34, 4602 (1993)

6) 山田, ポリファイル, 36 (2014)

7) George, G. Egglestone, S. Riddell, J. Appl. Polym. Sci., 27, 3999 (1982)

8) Hosoda, H. Kihara, ANTEC, ’88, 941 (1988)

9) Kihara, S. Hosoda, Polymer J., 22, 763 (1990)

10) 東北電子産業,技術資料(HPはhttp://www.tei-c.com/

11) Kihara, T. Yabe, S. Hosoda, Polym. Bull., 29, 369 (1992)

 

 

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