今嶋晋一
株式会社セイロジャパン
射出成形のCAEは、金型内部の現象を可視化するツールとして、これまで射出成形業界に大きな貢献を遂げてきた。しかしながら、プラスチックの挙動が通常の流体とは異なり非常に難解であることと、解析時間と解析精度のトレードオフや、多くの技術者を悩ませているそり変形の解析精度など、依然として課題は山積みである。
完全3次元樹脂流動解析Moldex3Dは当社が世界最初の代理店として20年近く取り扱ってきたソリューションで、製品設計技術者から成形技術者まで幅広く活用されている。ここでは、従来よりさらに機能が充実した同ソフトの最新バージョンであるR14の情報について記述する。
Moldex3Dでは境界層メッシュ(BLM : Boundary Layer Mesh)を用いた解析により、複雑な3次元形状でも高品質なメッシュを作成することができる。BLMとは、図1のように表層にプリズムメッシュを、内部にテトラメッシュを組み合わせたメッシュである。
図1 境界層メッシュ(BLM)
図2に示すように、実際の樹脂の流動挙動は、金型壁面付近は温度の低い固化層(スキン層)があり、中央部は温度の高い流動層(コア層)となっているため、温度勾配の急な表面付近はメッシュを細かく分割する必要がある。
図2 流動過程における厚み方向の温度勾配
図3に、テトラメッシュとBLMを用いた温度解析結果の違いを示す。テトラメッシュは温度変化の大きい製品表層部分の温度分布を十分に捉えきれていないが、BLMは表層を薄く分割するため、金型と接する低温層と、製品内部の高温部を比較的少ないメッシュ数でも表現することができる。仮にテトラでBLMと同様の温度分布を実現したい場合、BLMの表層メッシュのメッシュサイズを製品全体に適用しなければならないため、膨大なメッシュ数となってしまい、莫大な計算時間が必要となってしまう。従って、BLMの活用は大いに有効であると考えられる。
図3 テトラメッシュとBLMの比較
前述の通り、BLMを用いることでより高精度な解析ができることを説明したが、解析を行う上でもう1つの課題が工数である。特にメッシュ作成においては、いかに作業時間を減らすかということが課題であり、とりわけ納期に追われる設計技術者にとっては工数削減は非常に重要な課題である。
Moldex3Dにも、解析専任者向けのMoldex-Meshと設計者向けのeDesignがあるが、精度と工数のいずれも一長一短がある。そこで、その両方の要求を満たすというコンセプトで開発されてきたDesignerBLMが、R13から正式に対応するようになったが、R13ではメッシュ品質の制約などがあり、機能としてはまだ不十分であった。
図4のようにR14からはメッシュ作成の柔軟性の向上およびメッシュ品質の制限の大幅緩和などにより、メッシュ作成の工数を大幅に削減することが可能となった。
図4 Moldex3Dにおけるメッシュ作成の柔軟性向上
DesignerBLMを用いた解析事例として、エンジンカバーのサンプルを用いた事例を紹介する。
モデルは図5の通りである。また、図6-1、図6-2にR13とR14でのメッシュ作成の工数比較を示す。ソリッドメッシュを作成する前に、その表面に用いるサーフェスメッシュを作成する必要があり、ソリッドメッシュの品質はサーフェスメッシュの品質に依存する。
図5 R13とR14の比較に用いた製品形状
図6-1 サーフェスメッシュ作成におけるR13とR14の比較
図6-2 ソリッドメッシュ作成におけるR13とR14の比較
R13ではサーフェスメッシュ、ソリッドメッシュとも最初のメッシュ作成では十分な品質を確保することが困難で、いずれもかなりの時間をかけて修正する必要があった。R14ではほぼ自動修正で解析必要条件を満たす品質のメッシュが作成され、時間コストが作業者スキルに大きく依存していたR13と比較して、R14では約8分以内に収まることが確認できた。
図7-1、図7-2ではメッシュ断面と解析時間の比較を示す。R13ではソリッドメッシュの品質を確保するためにサーフェスメッシュ細かくする必要があり、BLMのプリズムの層数は最大3層(図では2層)までという制限があった。R14ではメッシュ品質の制限が緩和されたため、サーフェスメッシュを細かくする必要がなくなり、プリズムの層数を5層まで確保できるようになった。これによりメッシュ数が削減され、計算時間を大幅に短縮することが可能となった。
図7-1 モデル計算におけるメッシュ例
左:R13におけるメッシュ、右上:R14でBLMが2層、右下:R14でBLMが5層
図7-2 流動計算時間の比較
左:R13におけるメッシュ、右上:R14でBLMが2層、右下:R14でBLMが5層
図8-1、図8-2は流動時間とそり変形の解析結果の比較を示す。メッシュを粗くすることに解析精度の低下が懸念されるが、両バージョンでの解析結果の大きな相違は見られず、メッシュを粗くすることによる解析精度低下の弊害は、本事例においては見られなかった。
図8-1 流動解析結果
左上:R13のメルトフロント、右上:R14のメルトフロント
左下:R13の圧力分布、右下:R14の圧力分布
図8-2 変形解析結果
左上:R13の総変形量、右上:R14の総変形量
左下:R13の繊維配向変形量、右下:R14の繊維配向変形量
Moldex3D バージョンR14ではDesignerBLMの機能が大幅に強化され、解析精度を維持したままメッシュ作成工数や解析時間を大幅に削減することが可能となった。しかしながら、複雑なCADデータではDesignerBLMだけでは不十分であり、Moldex-Meshを使わざるを得ない状況もしばしばある。今後、DesignerBLMがユーザーにとってますます利便性の高い機能となるよう、開発元と一緒になって機能向上に取り組んでいきたい。
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