岡田きよみ
分析サポート会社 あなりす
こんにちは!「あなりす」の岡田です。第2回目は、分析装置のお話です。
分析結果を得る方法は、数学の問題を解くのと同じようなもので、一つではありません。自分の得意な機器および方法で答えを出していけば良いわけですが、今以上に細かな解析をしていこうとした際、それぞれの分析機器の原理や限界などを知れば考察できることが多くなります。本を見るのもいいでしょうし、インターネットで調べてみてもよいでしょう。いつも使って、知っているつもりの機器に関しても新たな気持ちで調べてみてください。違った一面を発見できるかもしれませんよ。
さて、いくつかの企業の分析担当者に「どんな(高分子)分析が一番多いか?」と聞いたところ一番多かったのは何だと思いますか?・・・答えは異物です。
確かに「異物」とは広い範囲の分析ですね。異物分析で活躍してくれる分析機器の筆頭と言えば、FT-IR( Fourier Transform Infra Red Spectrophotometer)です。異物分析は、FT-IRといくつかのアクセサリー、X線分析装置、およびGC(Gas Chromatography)等の分離分析装置があれば、ほぼ解決するのではないかと思います。
異物分析の得意なFT-IRは、物質の同定、構造解析、および定量と非常に幅広い情報を与えてくれ、高分子分析に欠かせない分析機器ですが、無機分析は苦手です。そして、解析には経験に頼る部分が多いとされており、少し苦手意識のある方もおられるようです。
今回のお話しは、そんなFT-IRを中心に進めていきます。他には、微小部分の無機分析ができるSEM(Scanning Electron Microscope)-EDS(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)、そして高分子の状態を測定してくれる熱分析装置のことも少し書かせていただきます。
FT-IRは、物質に赤外光をあて、サンプルを透過・反射した光を集めて分光し、フーリエ変換(以前の主流は、フーリエ変換しない分散型IRでした。それに対して現在では、FT-IRが主流です)を利用して、スペクトルを得る装置です。
物質に赤外線を照射すると、それを構成している分子が光のエネルギーを吸収します。この吸収は、分子構造の振動あるいは回転の状態が変化することに起因し、物質固有のものです。つまり、この吸収パターン(赤外吸収スペクトル)を知ることによって定性分析(化学構造解析)が可能となります。試料の成分や構造、劣化や変色変化、成分濃度の定量、分子配向や結晶化度と言った情報が得られます。
図1に、光源として使用される光の波長を示しています。使用される波長は中赤外が多いのですが、用途によっては近赤外や遠赤外を使用する装置もあります。
これらの波長は、サンプルへの潜り込み深さやダメージ、ひいてはサンプルの前処理に関わってきます。図1の波長は左にいくほど、エネルギーが大きく物質への透過性が高くなります。たとえば、X線CT検査は体の骨まで見えてしまいますが、紫外線では体全体は透過せず、表面の皮膚に浸透して日焼けをおこしてしまいますよね。
この波長の透過性をFT-IRに当てはめて考えると、近赤外の装置は、厚いサンプルもそのまま測定できることが納得できます。このサンプルを破壊せずに測定できる特徴ゆえに、品質管理などに多く使われています。
ただし、領域の波長分析は、物質特有の吸収ピークが小さいために物質の特定が難しくなります。また、光の吸収は様々な要因が複合しているために特定成分との直接的な関連付けが難しいという欠点がありますが、多変量解析(ケモメトリックス)を使用することによって、分析の可能性を広げることができます。
身近な例では、果物の糖度分析や加工食品の成分分析、薬品検査などに使用されています。さらに、高分子分野では、劣化の検出や材料検査にも使用されつつあります。ただし、解析で統計解析を使用した場合は、多くの検体測定を行い結果を出すことが必要となります。
なお、中赤外は、近赤外ほど厚いサンプルの測定はできませんので、目的に応じて、前処理の必要があります。しかし、物質特有の吸収ピークが大きく詳細なピーク解析が可能となるため、多くの情報が得られます。
波長は、当然、連続したものです。ここからが近赤外でこちらが中赤外、というように性質が変わるわけではありませんので、それぞれの特徴をうまく活かして使っていくことが必要です。たとえば、中赤外での測定は、4000cm-1~を使用されることが多いのですが、5000cm-1~測定をすることによって、飽和したCH2帰属ピークを4300cm-1付近の未飽和ピークとして確認することができます。
図2はIRの測定方法を示しています。
測定方法には、透過法と反射法があります。双方とも様々なアクセサリーがあって用途に応じた測定ができます。
透過法の測定のポイントは、サンプルの厚みを考慮することと、定量時に厚みを均一にすることです。透過法で飽和しないスペクトルを得るには、おおよそ30μmまでの厚みにする必要がありますが、測定の目的が酸化防止剤などの微量成分の場合は、樹脂のスペクトルは犠牲にして目的成分の見える厚みに調整する必要があります。
反射法に関しては、①サンプルの反射を直接測定する方法と、②サンプルの赤外領域に吸収の少なく屈折率の高い光学材料(クリスタル)を押し当て、サンプルに少し潜り込んだ光を検出するATR法があります。
②の測定のポイントとしては、クリスタルとサンプルの接触・密着性をあげできるだけ一定の圧力が加わるようにする、ということです。密着が悪いと、サンプルに光が潜り込まず反射しません。
ここでの「測定のポイント」は、「きれいなスペクトル(ノイズが少なく情報ピークが大きいスペクトル)を得る」という意味です。解析時に、きれいなスペクトルが得られていれば、より簡便に測定できる場合が多く、詳細な解析も可能となるからです。きれいなスペクトルを得るために多くの時間を費やす必要はありませんが、ポイントを少し知っていれば同じ時間で解析の能率があがります。
現在、FT-IR測定で一番多様されているのは、FT-IR本体(本体のほかに顕微もありますので区別して書きます)の②です。図3にFT-IR本体でのATR(Attenuated Total Reflection)アクセサリー測定部を表示します。この方法は、非常に簡便に固体と液体が測定可能であり、誰が測定しても同じスペクトルが得られます。
測定は、図3に示したように、透過のユニットをかえて光路に設置し、上部の加圧ユニットを用いて(密着性を上げるためのものです)下側のクリスタルにサンプルを押し当てて測定します。
液体測定の場合はクリスタルの上に1滴落とすだけで測定可能です。固体測定はクリスタル側が測定面となり、クリスタルにサンプルをしっかり密着することによって、きれいなスペクトルが得られます。
密着性をあげるための工夫として、堅いものは薄く切る、粉はよくばりすぎないで少量をしっかり加圧して測定する、圧力が均等にかかりにくいサンプルはその上に1cm角程度の少し固めの板を置いて加圧してみる、などの工夫をしてみてください。
次は、ATRでの測定でどれぐらいの深さのサンプル情報が得られるのか、について説明します。図4を参照してください。
赤の枠内の式を使用して、「波数とサンプルへの赤外光の潜り込み深さの関係」を右図に示してあります。また下の表は、クリスタルの屈折率および測定可能なサンプルの屈折率の範囲をまとめています。
ここから、Geクリスタルでの測定は、ダイアモンドクリスタルでの測定に比べて、より表面のサンプル情報だけが得られる、ということがわかります。Geクリスタルの使用が優位な場合としては、サンプル表面の薄膜および屈折率の大きなサンプル(カーボンを含んだもの等)測定があげられます。
取り扱いの面では、Geクリスタルは脆くて傷が入りやすい物質なので、汚れをふき取る際や堅いサンプルの測定に注意する必要があります。また、測定波数範囲が~600cm-1と狭いので、サンプルによっては測定できない場合があります。
一方、ダイアモンドクリスタルは、傷に強くラフに扱えられること、測定波数範囲が広く~370cm-1であることから多用されています。さらにダイアモンドクリスタルは、その測定波数から遠赤外検出器を使用した装置にも使用できるメリットがあります。
図5にGeクリスタルとダイアモンドクリスタルを使用したゴムのスペクトルの違いを示しています。
ダイアモンドクリスタルで測定したスペクトルの青丸部分には、異常分散が観察され、おかしなスペクトルになっています。一方、Geクリスタルでのスペクトルは、明確に吸収ピークが確認できます。このスペクトルをベースライン補正して、データベースに照らし合わせると構成物質がわかります。
また、いずれのクリスタルを使用しても、ベースラインは、カーボン量が多いほど傾いてくる(図の生データはベースラインが斜めになっています)ので、傾きを見ることによって同じ種類のゴムでのカーボン量が比較できるのです。
次に、本体のIR測定に比べて小さなサンプル測定に使用するのが顕微IRですが、その中でも、最近よく目にするようになったIRイメージング法について説明します。IRイメージング法とは、IRスペクトルを二次元面で連続取得することによって、材料の分子化学情報を二次元的な面分布として表示する方法です。以下、図6を参照ください。
情報を得たい可視画像の領域を指定し、条件設定を行って測定すれば、装置が自動的に動いて多数のスペクトルを取得してくれます。得られた平均吸光度の図から、スペクトルを見て(抽出し)、解析ピークを指定することで、解析ピーク情報のみのバンドイメージが得られます。
スケールバーの上の色ほど数値が大きなり、図6は、2900cm-1ピーク面積が赤色の箇所が大きく青色の箇所はない、ということを表しています。IRイメージング法は、2次元で成分情報を表すだけでなく、空間分解能を上げ(ATRイメージング法では、約2μm2の空間分解能が可能)、多数のデータを利用し多変量解析への応用が可能、というメリットのために使用されることがあります。
SEM-EDS、またはEPMA(Electron Probe Micro Analyzer) は、微小部電子像観察から元素分析・構造解析まで対応可能な表面分析装置で、10~30μm3の試料があればホウ素からプルトニウムまでが定量的に分析出来ます。
SEM-EDSは、電子顕微鏡(SEM)にエネルギー分散型(EDS)検出器を搭載した装置であり、EPMAはSEMに波長分散型(WDS)検出器を搭載した装置です。EDSとWDSでは、WDSのほうがX線の検出感度と定量性が優れています。しかし最近は、測定の手軽さゆえにEDSが使用されることが多いようです。
SEM-EDSは、電子顕微鏡観察を行い、同じ試料上でEDSモードに切り替えることによって元素分析が可能となります。データとしては、顕微鏡写真と同じサンプル位置画像での元素分布図、含有元素量などが得られます。
あれっ!これは、IRイメージングと同じではないか?そうです。SEM-EDSは、材料の元素情報を二次元的な面分布として表示してくれるのです。サンプルの作り方によっては、同じ可視画像でFT-IRの化学情報画像とSEM-EDSの元素情報画像を並べることも可能です。
図7は、SEM-EDSから得られた情報を示しています。電子顕微鏡の電子銃から放出された電子は、一定の加速電圧で加速された後、電子レンズによって絞られ、試料にあたると二次電子、反射電子、特性X線が発生します。発生した情報は、それぞれの検出器を用いることによって情報を反映した像を形成します。
分析例として、クレー、タルク、酸化チタン等の入った樹脂測定を挙げます。FT-IRで成分分析を行えば、樹脂成分はわかりますが、顔料成分が正確にわからない場合があり、SEM-EDSによる元素分析が有効です。
AlとSiの重なったところはクレーです。MgとSiが重なればタルクです。チタンは、FT-IRの測定法によっては低波数領域の確認ができず見落としてしまうことがあるため、SEM-EDSの測定が必要です。また、SEM-EDSは、シリコーン樹脂や塩化ビニルといった樹脂成分の確認、臭素系難燃剤や硫黄架橋剤の確認、およびステアリン酸亜鉛などの滑剤成分の定量にも利用されます。
さらに、大きな試料範囲で空間分解能が数ミリ以上の測定であれば、蛍光X線測定でも同じような元素分析が可能であり、品質管理にはよく使用されていることを書き加えておきます。
試料の温度を一定のプログラムによって変化または保持させながら、試料の質量を温度または時間の関数として測定する装置です。
試料を加熱または冷却した時に、試料内に発生する熱エネルギーの変化を検出する装置です。得られる情報は、融解、結晶化、ガラス転移等の層転移、硬化反応や酸化反応といった化学反応情報などです。
いずれの装置も高分子の成形分野では、欠かせない装置です。成形過程では、温度による高分子の変化を知ることが重要です。可能であれば、まずはTG装置で材料の熱変化を知り、分解温度より低い温度でDSC測定されることをお勧めします。
また、手間かもしれませんが、熱可塑性樹脂であれば、等温→昇温→等温→降温 のサイクルを2回から3回繰り返し測定すれば多くの情報が得られます。まず1回目の昇温で、試料の過去の履歴、つまり、試料の作成時から測定時までの情報がわかり,工程管理に応用できます。
2回目と3回目の昇温では、一度融解させてリセットすると本来の状態に戻ることが多いので、使用された材料が同一かどうかの判断材料となります。図8に、その例を示しています。
FT-IRでは、材料が同じであれば同じスペクトルとなりますので、熱分析とは異なり過去の履歴はわかりません。逆に、試料の成分が何か、熱分析で重量減少したガスは何かについては熱分析からは明確でなく、FT-IRを用いる必要があります。
今回ご紹介した装置はほんの一部ですが、それぞれの機器には特徴があり、複数の装置を使用すれば足りない情報を補うことができます。
まずは、「百聞は一見にしかず」-どの装置でもいいので、とにかく使ってみていただき、親しくなることです。使いこなしていただければ、多くの情報が得られます。
機会があれば、今回紹介した分析機器のさらに詳しいお話、あるいは他の機器や簡便で効果的な分析方法のお話しもしたいと思います。まだまだ、お伝えしたいことがたくさんありますが、今回はこのあたりで終わりにさせていただきます。次回は、分析例についてのお話です。
各分析機器メーカーのホームページ
各分析機器メーカーのセミナー資料
This website uses cookies.