分析のプロから見たマイクロプラスチックの実態
岡田きよみ
あなりす
1. はじめに
マイクロプラスチックは、微細なプラスチック(5㎜以下)のことであり、含有/吸着する化学物質が食物連鎖に取り込まれ、生態系に及ぼす影響が懸念されている。2015年独G7首脳宣言においては、海洋ごみ(とりわけプラスチック;海洋プラスチック)が世界的な問題であることが確認された。これを受け、2020 年7月から、我が国では、海洋プラスチック・生物多様性問題に係る政府の施策「プラスチック 資源循環戦略」に基づき、レジ袋の有料化が実施されている。
図1は、筆者が昨年訪れた先々で目にしたプラスチックゴミである。海岸でも川べりでもゴミがある。
道路を歩いていてもゴミに気が付く。最近では、マスクも多い。
使い古した容器、紐、袋、PETボトルなどの生活用品が、雨や風などの作用によって川に流れ、最終的に海に流れ込む。様々な環境条件のもと一定時間をかけて、劣化し微小になったプラスチックを魚が摂取し、その魚を食べた人の体にも少なからず影響を与えると考えられている。レジ袋を有料化して使用量を減らしたところでこれまでに生産され破棄されたプラスチックが環境に及ぼす悪影響を止めることはできないが、将来における環境負荷を軽減させるために私たちがレジ袋の有料化以外に取り組めることはないのだろうか?また、できるだけプラスチック製品を ①作らない、②使わない、③捨てないだけで対処できるのだろうか?
それを考えるためにも、まずは、プラスチックがなぜ環境へ悪影響を及ぼしているのか、その原因やメカニズムを正しく理解しておくことが対応策を講じる上で必要となる。
そして、総合的な環境負荷を考え、用途に応じた材料から製品までの設計を細かく考慮することが必要なのではないだろうか。
2. 何が問題か?
プラスチックごみが環境負荷を与える原因として何が考えられるのであろうか。プラスチックの構造等、高分子の観点から見ていく。
2-1 原料(高分子)そのものなのか?
大半のプラスチック製品は、安全基準制定時には想定されなかった部分があるにせよ、一定の安全基準を満たして製造されているはずであり、少量のプラスチックが人を含む生物の口に入ったとしても、そのまま排泄されると考えられる。しかし、劣化などにより生じたマイクロプラスチックは、製造当初と分子構造が変化しており、それを摂取したときの危険性についてまで検査しておらず、安全性に不明な点が多い。
2-2 劣化して微小になることか?
化学物質の吸収率は、一般的に分子量(分子サイズ)が増大するにつれ低下し、一般的に分子量が400以上であれば無傷の皮膚からは吸収されにくいこと、さらに分子量が1000以上であれば無傷の胃腸管からも吸収されにくいことがわかっている1)。
マイクロプラスチックは、製造時のプラスチックを構成するポリマーよりも低分子化していると考えられ、その低分子化の程度も様々である。そして、低分子化されるほど生物体内に取り込まれるリスクは高くなる。
一方、分子量が比較的大きい粒状物質の場合には、呼吸により取り込まれることで肺に影響を及ぼす懸念がある。
2-3 吸着性なのか?
マイクロプラスチックはPCB(ポリ塩化ビフェニル)、ダイオキシンなどの有害物質を吸着することが知られている。有害物質を吸着したマイクロプラスチックを採食した魚や貝には、有害物質がマイクロプラスチックと一緒に、あるいは単体で蓄積する。
2-4 添加剤なのか?
少量のマイクロプラスチックが人の口に入ったとしても、そのまま排泄される。しかし、プラスチック製品には、多種類の添加剤が加えられており、その中には”環境ホルモン”と呼ばれる人体に有害な物質が含まれていることもある。添加剤を含有するプラスチックが海に流れ、小さくなったものを魚が食べることで、添加剤が魚の体内に取り込まれて濃縮され、それを食べた人の身体への影響が懸念される。あるいは、プラスチックが小さくなっていく過程で添加剤が海に流出し、海が汚染される。例えば、フタル酸エステルは、人の性的成長に作用することから、近年、その使用が規制されている。
なお、これらの問題については、日本学術会議から環境省などに対し、「国は海洋におけるマイクロプラスチックの起源、水環境中の動態、海洋生物の摂食状況、生態系への移行と悪影響(物理的および添加剤や吸着する有害化学物質の悪影響)を緊急に調査すること。同時に生物やヒトへの毒性影響およびそのメカニズムに関する分野横断的な基礎・疫学研究を推進し、科学的知見を総合的に示すと共に、環境および健康リスク評価に資する科学的な知見の収集を急ぐこと。」の2点を求めている2)。
3. マイクロプラスチックの分析
プラスチックが環境負荷を及ぼすメカニズムを正しく理解し、プラスチック汚染の程度を自ら認識して解決策を検討できるよう、以下では、マイクロプラスチックの分析方法の一例を紹介する。マイクロプラスチックの分析方法は法的に決められたものではなく、その方法や自動化に関しては現在、検討されている。
本記載の分析は、手作業での採取・分類作業であること、また、分析すべき対象が多岐にわたると想定されることから、非常に時間と手間がかかる。したがって、マイクロプラスチックの何を分析するのか(=分析目的)を明確に定め、計画的に実施する必要がある。
*本文では、「マイクロプラスチック」と「プラスチック」の語句が混合して使用されているが、明らかに小さいと判断した場合にのみ「マイクロプラスチック」と記載している。
3-1 分析の手順
3-1-1 目的
例えば、分析の目的として、「マイクロプラスチックのサイズを分類する」、「組成成分を解明する」、「起因物質を特定する」、「添加剤残量を測定する」、「吸着された有害物質量を測定する」などが考えられる。設定した目的により、「②分析の流れ」で示すマイクロプラスチックの採取方法、採用する分析方法が異なる。
3-1-2 分析の流れ
(ア) マイクロプラスチックの採取場所の決定
どの地域、どの場所(土壌か水中か、どの水深かなど)で採取するのかを決める。
(イ) マイクロプラスチックの採取方法の決定
採取するマイクロプラスチックのサイズに合わせて網(フィルター)のサイズ、採取時間、網面積などを決める。プラスチックの種類により比重が異なるため、網(フィルター)を設置する水深により、採取できる種類は変わってくる。
(ウ) マイクロプラスチックの採取
採取を行う。
(エ) 採取したサンプルの観察と分類
サンプルのサイズ、色、形状を観察し、分類や個数チェックを行う。分類では、(目視で)プラスチックと確認できるもの、石や砂、金属など、に分ける。
起因物質の推定では、採取場所における状況調査を行った上で、観察によるサンプルの色、形状、および次に示す成分分析が重要となる。
(オ) プラスチック(マイクロプラスチック)の前処理
プラスチックと確認できるものの分析を進める。
目的に応じて、水洗浄や酸洗浄を行い、表面から汚れを取り除く。
(カ) 分析
FT-IRにより成分測定を行う。
成分測定後、例えば、ダイオキシンの吸着量を測定する場合には、トルエン(あるいはキシレン)で抽出し、シリカゲルカラムに通して不純物を取り除き、GC-MS分析を行う3)。添加剤を測定する場合は、溶出溶媒で抽出し、GC-MS分析を行う。さらに、塩成分の生成やイオンの劣化への関わり、あるいは起因物質に特定元素が含まれている可能性がある場合には、サイズに応じて、蛍光X線やSEM-EDSを使用して分析を進めていく。
(キ) データのまとめ
3-2 分析結果の一例を見てみよう
投棄されたプラスチックは川、沿岸、そして遠海洋へ運ばれるが、その過程でプラスチックはどのように分解されていくのであろうか。これについて分析した例を以下に示す。
図1のプラスチックゴミが、河川中では図2となり、河口付近では図3となる。海に出ると、図4と姿を変える。起因物質を特定するには、できるだけ劣化が進んでいない状態を捉えることが必要になる。
3-2-1 川のマイクロプラスチック4)
図2は、河川中のマイクロプラスチックの写真である。
FT-IRでの成分分析も行っているが、このような分析手法を用いずとも、分解の程度が低いため、一部を除き目視で起因物質の形がわかる。起因物質は、人工芝(これは、場所によっては50%以上の割合にもなったところがあるとのこと)、肥料、ペレット、シート、ロープなどである。
なお、関西のニュース(2019年12月5日放送)で琵琶湖の水質調査に関するトピックスが取り上げられたが、その中で専門家は「“マイクロプラスチック”の原因物資は、ストローやポリ袋だけではない。“人工芝”や“肥料”も発生源になっている。」と述べている5)。
起因物質は上記のものだけではなく、物性判明の有無にかかわらず多数存在する。
3-2-2 横浜市内沿岸のマイクロプラスチック3)
図3は、海沿岸(河口付近)から採取したマイクロプラスチックの分析過程で得られた観察写真と成分である3)。分析では、マイクロプラスチック中のダイオキシン類の吸着量も測定された。
観察写真からは、プラスチックペレットや緑のPE片が確認できる。さらに、採取された試料の中には、プラスチックを構成する物質の形状を維持しているもの、分解されてその形状をとどめていないものが混在していたことが報告されている。
図3の左上は、成分が同じ(PE)の黄変ペレットと白ペレットであるが、ダイオキシン類濃度を比較すると、いずれのペレットも付近沿岸の土壌砂よりも高い結果が出ている。さらに、土壌から露出してかなりの時間が経過したと考えられる黄変ペレットの方が白ペレットよりも、ダイオキシン類濃度が高いという結果が得られている。この分析結果は、ペレットがダイオキシン類の輸送媒体として機能している可能性を示している。
3-2-3 遠海洋のマイクロプラスチック6)
図4は、0.5mm目開きのメッシュを用いて海から採取したマイクロプラスチックをFT-IRで成分測定した結果である。
上段の黒色浮遊物には、PE(ポリエチレン)、PP(ポリプロピレン)、タンパク成分、糖あるいはセルロース成分(+シリカ)が含まれていることがわかる。写真からは、細い透明繊維が付着していることが確認でき、2つ以上の製品が混合しているようにも見える。
中段の紐状浮遊物には、PE、ステアリン酸塩が含まれていることがわかる。また、PEの劣化がかなり進行していることが読み取れる。
下段の緑浮遊物の写真は、平らな紐状物質が何層かに融着したように見える。FT-IRスペクトルを見ると、PP、タンパク成分、糖あるいはセルロース成分が含まれていることがわかる。
なお、プラスチックが小さくなり、元の製品形態が失われた状態では、成分分析をしても起因物質の判断は困難な場合が多い。
4.まとめ
プラスチック(マイクロプラスチック)が環境負荷を与える要因の一部を説明した上で、その分析手法及び分析例を紹介した。上記から、いかに多くの要因物質が存在するかがお分かりいただけたと思う。また、要因物質の多さはこの問題解決が一筋縄ではいかないことを示している。
視点は変わるが、近年、環境保全のため、プラスチック製品に生分解性ポリマーを使用する取り組みがなされている。筆者は、生分解性ポリマーを使用することにより環境負荷を軽減できるのか、そもそも環境負荷の点において生分解性を有するのがよいのかどうか、筆者には判断ができない。
現時点では、分解途中で、そのプラスチックが魚などの体内に取り込まれた場合の安全性までは検証されていない。用途によっては分解してはいけないものも多く、さらには、分解しない状態の方がゴミとして回収がしやすいため、環境に優しい場合もある。それゆえ、生分解性ポリマーが、微生物や環境まかせではなく人的に制御され、生分解が生態系へ及ぼす影響(安全性)を確認した上で使用される分には有効手法となろう。それには、生態系の当事者と開発技術者が一丸となって対処する必要がある。
上記を踏まえ、プラスチックの生産・流通・廃棄等に関わる企業が取り組めることは、企業内での廃液やプラスチックゴミなどの廃棄方法の確認や再検討、プラスチック使用用途に応じた材料の見直しや分解プロセスの再考、環境負荷を極力低減させる製品設計の検討など様々ある。
SDGsを掲げる現代社会に求められることは、企業の生産性から見て非効率な部分もあり、ある意味過酷である。しかしそれは、これまで我々を支えてきた生態系への影響を顧みず、人間中心に社会を発展させてきた“ツケ”であろう。これからは、未来の地球のため、『持続性』をキーワードに生態系の一構成員である私たち一人ひとりが生活や行動を変容していく必要がある。
*この環境問題に取り組む方(企業)に対し、筆者は、分析の知識と技術をもって、できる限りのサポートをして参ります。この記事を読まれて、ご質問やお問い合わせなどございましたら、「https://www.analys-japan.com」の「お問い合わせ」フォームからご連絡ください。
参考資料
1) 北野大;日本ゴム協会誌、第66巻、第7号(1993)
2)「マイクロプラスチックによる水環境汚染の生態・健康影響研究の必要性とプラスチックのガバナンス」、日本学術会議、健康・生活科学委員会・環境学委員会合同 環境リスク分科会 (2020.4.7)
3) 蝦名紗衣、加藤美一、堀美智子;「横浜市内の海洋におけるマイクロプラスチック汚染」、環境科学研究所報告書 (2017)
4) 株式会社ピリカ/一般社団法人ピリカHPおよび調査結果
5) https://www.mbs.jp/mint/news/2019/12/06/073717.shtml
6) 岡田きよみ;「異物の分析、検出事例-測定原理からスペクトルの読み方まで-」(株)技術情報協会、第13節 (2020)