スパッタリング技術の原理と応用
大薗剣吾
そめい技術士事務所
1.はじめに
スパッタリング(スパッタ)は、コーティングや薄膜形成に用いられる、物理的気相成長法(PVD)の一種で、真空中でプラズマを用いて成膜する技術である(図1)。材料選択の幅の広さ、高い密着性、制御のしやすさが特徴で、工具等のコーティングや、半導体や液晶、光学素子等の機能膜形成に用いられている。近年では、プラスチック表面の装飾等の用途も広がりつつある。本稿では、スパッタリングの基本原理と装置、コーティングとしての特徴に触れ、プラスチックへの成膜を含めた応用分野と、技術導入の注意点について解説する。
図1 コーティング技術の分類
2.スパッタリングの原理
スパッタリング現象とは、物質にイオン等を高速で衝突させることにより、分子が叩き出される現象のことである。この現象を利用して、対象物にコーティングや表面改質を行う技術をスパッタリングと呼ぶ。この現象の身近な例では、蛍光灯を使用しているとガラス管の端がしだいに黒くなってくる現象がある。これは蛍光灯のフィラメントが放電によって少しずつ弾き飛ばされ、ガラス管に付着しているためである1)(図2)。
図2 スパッタリング現象の例
コーティング技術としてのスパッタリング法について説明する(図3)。コーティングを施したい対象物と、ターゲット(コーティング材料)を真空チャンバー内に配置し、真空ポンプで排気して真空にする。そしてアルゴン等のガスを少し入れて、真空チャンバー側を陽極とし、ターゲット側を陰極として、数百ボルトの電圧を印可する。するとアルゴンが放電してプラスイオンとなり、陰極であるターゲットに急激に引き寄せられてターゲットに激突する。それによってターゲット表面が分子レベルの塊で弾き飛ばされ、ターゲットに向かい合っている対象物に付着する。このようにして対象物がコーティングされる。
真空中で処理を行うのは、アルゴンをイオン化するためと、スパッタリングで飛ばしたターゲット分子を対象物に届かせるため、そして不純物の少ない膜をつくるためである。
図3 スパッタ装置の概略(DCマグネトロン方式)
出典:飯島徹穂著 よくわかる最新真空の基本と仕組み 秀和システム(P.167図を参考に作成)
ターゲット電極は、マグネトロン方式が主流となっている。マグネトロンを電極に配置し、荷電粒子(電子やアルゴンイオン)をターゲット近傍に捕捉しつつ加速することで、成膜速度の向上や対象物のダメージ抑制の効果がある。
電源は、図においては直流電源(DC)方式を示しているが、DCのパルス方式、交流電源(RF)方式やそれらの複合方式などもある。DCは大電流・高速化が容易、RFは導電性の悪いターゲット材料も使用可能などの特徴があり、それぞれ出来上がる膜の物性も異なる。用途に合った方式が用いられる。
対象物のハンドリングは、バッチ方式を基本として、自動搬送機構を備えた方式や、対象物を連続的に搬送しながら成膜するインライン方式など、自動化、生産性向上の必要性に合わせた機構を採用する。
スパッタリングの制御には、多くのパラメータがある(表1)。ターゲット材料の種類、対象物の温度、対象物とターゲットの配置、投入電力、アルゴンガスの圧力、反応性ガスなどが主なパラメータとなる。また、対象物の表面状態や、不純物ガスも、膜の物性(膜質)を決める重要なファクターとなる。プロセスが決まると、膜質は再現性よくコントロールされる。また成膜の速度は基本的に投入電力で決まるため、膜厚は投入電力と処理時間で制御することができる。
表1 スパッタリングプロセスの主なパラメータ
3.スパッタ膜の特徴
スパッタリングでつくられる膜には、様々な特徴がある(表2)。緻密で欠陥の少ない精密な膜ができる、対象物の制約が少ない、多様な膜をつけられるなどの長所がある。ウェットコーティングや、蒸着、溶射等と比較すると、成膜速度は遅く、面積あたりのコストは高めとなるが、スパッタ装置の方式によって異なり、生産性の高いスパッタ装置も登場している。
表2 スパッタ膜の特徴
出典:小島啓安著 現場のスパッタリング薄膜Q&A 日刊工業新聞社 本文P.3~4を参考にまとめと一部著者加筆
4.用途・応用分野
スパッタリングは、電子部品用の薄膜や工具用のハードコートなど、金属やガラスへの金属膜や金属化合物の成膜の用途から、技術の進展が進んでいる。近年では光学制御や装飾等の用途に、プラスチック成形体やプラスチックフィルム、繊維など、様々な産業や技術領域に展開している。低温プロセスで可能であること、密着性が良いこと、耐摩耗性や耐久性が良いこと、金や銀系の発色が可能であることなどから、プラスチック等への装飾技術としても有力である2)(表3)。
スパッタリングの特徴を活かした新しい技術領域への展開により新しい価値を生み出すことが今後も期待される。
表3 スパッタリングの主な用途
出典:小島啓安著 現場のスパッタリング薄膜Q&A 日刊工業新聞社 本文を参考にまとめと一部著者加筆
5.技術導入の注意点
本章ではスパッタリングを適用するにあたっての注意点について述べる。
スパッタ膜は、他のコーティング法と同様に、対象物の表面状態に大きく影響される。表面がもろかったり、異物の付着や汚染があると、良い品質の膜をつけることはできない。処理前の表面は清浄であることが求められる。また、対象物が真空中でガスを放出するものである場合、不純物ガスが混入して膜質が変化する可能性がある。
スパッタリングは耐熱性の低い対象物にも適用は可能であるが、必要な膜質を得るために加熱が必要になる場合がある。また表面がプラズマにさらされることで対象物がダメージを受ける可能性も考慮する必要がある(表4)。
スパッタリングの実務としては、メンテナンスサイクルも重要なポイントとなる。真空チャンバー内にはコーティング材料が付着して蓄積されていく。これらは不純物ガスの温床となったり、異物欠陥の原因となったりする。そのため真空チャンバー内は定期的なクリーニングが必要となる。ターゲットも使用すると減っていくため、定期的に新品への交換が必要になる。
これらの作業後に真空排気を行い、高真空まで到達するにはかなりの時間がかかる。メンテナンスの頻度を増やすほど品質は安定するが、稼働率は低下する。スパッタリングの実務は、品質と稼働率を考えて運用する必要がある(図4)。
図4 スパッタ装置のメンテナンスサイクル
スパッタ装置を導入する場合には、装置の特徴を考慮する必要がある。生産性の高いスパッタ装置の導入コストは比較的高くなるため、仕様を絞り込みたくなるかもしれないが、導入後の大幅な改造は困難であることに注意が必要である。
特に、真空排気系の能力は十分すぎるくらいのものが望ましい。最適な装置設計が装置導入前に分からないケースもある。量産用の装置であっても、プロセスを調整する可変性・柔軟性を持たせることが望ましい。
また、生産性を高めるために、ターゲットの使用効率を高めることや、メンテナンスしやすい機構とすることも、装置を導入する上で重要なポイントである。
5.おわりに
本稿ではスパッタリングの原理と応用について解説した。プロセスの特徴や用途など、イメージをつかんでいただき、新規技術適用の一助となれば幸いである。技術適用に際しては、本稿で紹介した以外にも留意点がたくさんあるため、経験の豊富な技術者へアドバイスを求めることが重要である。
参考文献
1) 飯島徹穂 『よくわかる最新真空の基本と仕組み』(秀和システム)
2) 小島啓安 『現場のスパッタリング薄膜Q&A』(日刊工業新聞社)