製品設計の「キモ」(1) ~「正の思考」と「負の思考」のバランス~

製品設計コンサルタント
田口技術士事務所  田口宏之

1.はじめに 「正の思考」と「負の思考」のバランス

成熟した国内市場と厳しいグローバル競争という状況において、日本の中小製造業は製品設計力を強化することが、今後ますます重要になってくることは間違いない。それでは製品設計力を強化するための「キモ」ともいうべきポイントにはどんなことがあるのだろうか。

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図1.正の思考と負の思考のバランス

私は製品設計のコンサルティングという仕事に携わる中で、製品設計においては「正の思考」と「負の思考」のバランスが非常に重要だと感じている(図1)。「正の思考」とは「発散、楽観、創造」のようにアクセルを踏むような思考であり、「負の思考」とは「収束、悲観、管理」のようにブレーキを踏むような思考である(表1)。

表1 設計とマネジメントにおける正の思考と負の思考

TAB1

これら二つの思考法はどちらか一方に偏り過ぎてはいけない。組織としても個人(設計者)としてもバランスを取ることが重要である。

2.設計プロセスの各フェーズにおいて必要な思考法

図2は一般的な設計プロセスを表している。「正の思考」も「負の思考」も設計プロセスのフェーズによって、プラスに働く場合とマイナスに働く場合がある。一般的に上流工程ほど「正の思考」が必要で下流工程ほど「負の思考」が必要になることが多い。

FIG2

図2.一般的な設計プロセスの概念

2-1 企画・構想設計

中小製造業においては商品企画も設計者の仕事であることが多いと思われる。図3のように、上流工程である企画や構想設計時にどれだけ発想を広げられるかで、でき上がってくる製品の幅は決定してしまう。詳細設計時にいくら発想を広げても、狭いレンジでしか違いを出すことはできない。また、新機軸の企画や製品を考える時、できない理由ばかりを考えてしまったり、過度に失敗を恐れたりすることもよくある。誰もやったことがない企画や製品であれば、いくら論理的に考えても答えが出ず、直観を大事にしなければならないことも多い。「正の思考」が最も重要になるフェーズであると言える。
もちろん夢物語のような話ばかりしていても、製品化までたどり着くことはできない。フィージビリティースタディ(実現可能性考慮)を実施するなど、「負の思考」への配慮も忘れてはならない。

FIG3

図3.製品企画における構想

2-2 詳細設計から量産

これらのフェーズでは、たった一つの要件漏れが製品事故や法律違反などを招きかねないため、細かく丁寧な作業が必要となる。このフェーズで行う作業や考えを発散させると要件の抜け・漏れにつながってしまうリスクが高い。また、有限の予算と人員で期間内に製品化するためには、しっかりとした管理(プロジェクトマネジメント、設計ツールの活用など)を徹底して行う必要がある。プロジェクトマネジメントの具体例として、設計工数管理やスケジュール管理などがある。また、設計ツールの具体例として、設計手順のマニュアル化、未然防止ツールであるFMEAやFTAなどがある。まさに石橋を叩いて渡るような徹底した「負の思考」が最も重要になるフェーズである。

また、このフェーズにおける「負の思考」は設計効率を向上させるという一面もある。設計手順などのマニュアル化は、特にスキルの低い設計者の効率を上げることができるし、流用設計比率向上のための社内ルールは、新規設計を好む「正の思考」に偏った設計者の効率を上げることができる。

一方で、設計をやり切った後でも、どうしても論理的に説明できないことや、リスクを取らなければならないことが残ることも多い。その時は「負の思考」を取り払い、「正の思考」で、すなわち楽観思考で市場に投入する決断をすればよいのである。

3.バランスの取れた組織体制

設計者はそれぞれ個性を持っている。「正の思考」、「負の思考」のどちらかに偏っている設計者もいるし、バランスの取れた設計者もいる。経営者は設計者の特性を踏まえ、設計プロセスのフェーズに合わせて、適材適所で人員配置する必要がある。商品企画の業務を「負の思考」に偏った設計者に担当させると、差別化できるような企画は出てこない。

詳細設計を「正の思考」に偏った設計者だけに任せると、大クレームを引き起こしてしまうリスクが高い。また、設計者にどちらかに偏った思考ばかりを要求してしまうと、バランスを欠いた設計者が誕生してしまう。マニュアルや基準がないと仕事ができない設計者というのはその典型である。設計業務もバランスよく振り分ける必要があるのだ。

組織の仕組みも二つの思考のバランスを考慮したものにすることが重要だ。設計プロセスの上流工程ではアイデアを膨らませることができるような企業風土や会議の仕方などが求められる。また、設計者をどんどん「異」(異業界、異文化など)なるものと交流させるようにすることも重要である。いわゆる「タコツボ化」状態の設計者に創造性を発揮させるのは難しい事だ。

一方で、設計プロセスの下流側では「負の思考」が実践できる組織体制が不可欠である。昨今問題になっている製品や建築の不正事件も、細かいところまで心配して、ある意味性悪説に立ってでも、設計・製造を管理していくという気持ちの欠如が原因だと思われる。どんな設計者でもやるべきことをやらざるを得ないような設計プロセスの標準化、未然防止ツールの整備などをしていかなければならない。

4.おわりに

京セラの創業者・稲森氏は著書で以下のように述べている。

 『楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する』 

製品設計も全く同じことだと思う。

すなわち『製品設計は「正の思考」で企画・構想し、「負の思考」で設計・量産し、「正の思考」で市場へ投入する』ことが重要であろう。日本は人口減少と高齢化率の上昇が今後も加速し、国内市場の収縮と労働力の不足が顕著になっていく。グローバル競争もさらに激しさを増していくことも間違いない。

したがって、これから重要になるのは、間違いなく「正の思考」だ。厳しい市場状況の中でキラリと光る製品づくりを行うためには、創造性とチャレンジ精神が求められるからである。日本企業はどちらかというと「負の思考」に偏っている企業の方が多いのではないだろうか。

日本企業のロボット掃除機の市場投入が遅れたのは、製品安全を心配したから(産経ニュース)らしい。確かに製品安全は企業の最優先課題である。ただ、結局多くの日本企業が自社製ロボット掃除機を遅れて市場に投入したことを考えると、チャレンジ精神、楽観思考と言った「正の思考」が不足していたのではないかと考えざるを得ない。

もちろん、「正の思考」が大事だからと言って、「正の思考」に偏り過ぎると、これまで述べてきたように、企業の息の根を止めることにもつながりかねない。経営者はどちらかの思考に偏ることなく、バランスが取れた設計者、設計の仕組み、組織体制を構築していくことが求められる。すなわち製品設計の「キモ」のひとつは「正の思考」と「負の思考」のバランスにあると考える。

参考文献

機械工学便覧 『設計工学』 「第3章 設計のための個別方法論」(日本機械学会)

稲盛和夫氏 『生き方』 P52 (サンマーク出版)

産経ニュース 2012年2月11日 『日本の家電各社が「ルンバ」を作れない理由』